濱野谷憲吾選手のSG・賞金・成績・弟子・自宅などの話題を調査!
どうも、ムサシです。
今回は「濱野谷憲吾」選手についてご紹介します!

みなさんはアニメの「モンキーターン」を知っていますか?
モンキーターンは、ボートレースを題材にしたアニメで実在するボートレーサーを参考に書かれた人気漫画の1つです。
今回は、そのモデルになった「濱野谷憲吾」選手をご紹介!
ぜひ最後までご覧ください!
濱野谷憲吾選手のプロフィール・経歴について
まずは、濱野谷憲吾選手のプロフィールや経歴についてご紹介します。

| 名前 | 濱野谷憲吾 |
|---|---|
| 生年月日 | 1973年11月8日 |
| 身長 | 169cm |
| 体重 | 56kg |
| 血液型 | A型 |
| 支部 | 東京 |
| 出身地 | 東京都 |
| 登録期 | 70期 |
| 級別 | A1級 |
濱野谷憲吾選手は、東京都出身の1973年生まれ、今年(2022年時点)48歳のボートレーサー。
登録期は70期で、同期には前本泰和選手や山下和彦選手、木村光宏選手などが在籍しています。
身長は169cm、体重56kgです。
東京支部に所属していて、ホーム水面は平和島競艇場。
現在も東京都で活動を続けています。
「ムテキング」「ヘマキング」「水上のファンタジスタ」「東都のエース」など、様々なニックネームがつけられるほどファンに愛されています。
濱野谷憲吾選手がボートレーサーを目指したきっかけ
現在もベテラントップボートレーサーとして走り続ける濱野谷憲吾選手。
そんな濱野谷選手がボートレーサーを目指したきっかけはなんだったのでしょうか。
それは、両親から「ボートレーサーになれば良い車に乗れる」と言われたからだそうです。
また、兄が競馬の騎手を目指していたこともあり、兄の頑張る姿をみて影響されたのはほぼ間違いないと言えるでしょう。
現在では、数千万円はするであろう高級車に乗っている濱野谷選手。
夢であった良い車に乗るということを叶えていてさすがと言える活躍をされています。
濱野谷憲吾選手の師匠と弟子は?
両親からの助言で、ボートレーサーに憧れて夢を叶えた濱野谷憲吾選手。
ボートレース界では、師匠をつけるのが一般的とされています。
では、濱野谷憲吾選手には師匠はいるのでしょうか。
調べてみたところ、濱野谷憲吾選手の師匠は乙津康志選手のようです!
乙津康志選手は現在B1級で活躍する現役ボートレーサー。
グレードレースでの優勝経験はありませんが、一般戦では幾度か優勝されているようです。
また、濱野谷憲吾選手は自身の弟子をつけていませんでした。
しかし、濱野谷憲吾選手が所属するペラグループ「O2ブランド」には中野次郎選手といった若いメンバーも在籍。
弟子とまではいきませんが、面倒をみるくらいのことはしているかもしれませんね。
濱野谷憲吾選手の成績について

濱野谷憲吾選手がどんな選手なのかということはここまででお分かり頂けたと思います。
ここからは、濱野谷憲吾選手の成績について徹底解説。
濱野谷憲吾選手がトップボートレーサーになるまでの道のりはどんなものだったのか。
養成所時代から順を負ってご紹介します。
濱野谷憲吾選手の養成所における成績は?
現在もトップボートレーサーとして活躍する濱野谷憲吾選手。
ボートレースでは知らない人はいないほど活躍されていますが、濱野谷憲吾選手のやまと養成所時代はどのような成績だったのでしょうか。
調べてみたところ、やまと養成所時代には目立った活躍はされていなかったようです。
やまと養成所では、実力が奮わなかった濱野谷選手。
現在もトップボートレーサーとして活躍しているのを見るとかなりの努力をされてきたのが伺えます。
濱野谷憲吾選手の初勝利・初優勝は?
やまと養成所では、思ったような成績を収めれなかった濱野谷選手。
正式にボートレーサーとしてデビューをした後の初勝利や初優勝はいつだったのでしょうか。
1992年5月19日に平和島競艇でデビューし、なんと2走目で初勝利。
翌年の1993年9月23日に戸田競艇で開催された一般戦で初優勝を果たしています。
初優勝したときには、19歳10ヶ月という若さだったので「競艇界のニュースター」と当時は話題になっていました。
濱野谷憲吾選手のSG戦について

デビューしてからは、かなり早く初勝利・初優勝を収めた濱野谷選手。
2回目の優勝までは長い期間が空きましたが、そこからの濱野谷選手は一味違いました。
1996年に2回目の優勝を果たしてからは、優勝の連続で合計7回優勝という素晴らしい成績を収めています。
そして1996年には「全日本選手権競走」にてSG初出走。
このSG戦で3回も1着を取るなど目まぐるしい活躍を遂げますが、濱野谷選手はこれだけでは終わりません。
なんと、1日に2回も転覆してしまう珍しい事件が起き、これにより濱野谷選手の名は全国に広がりました。
1998年にSG戦初優勝
1996年にSG戦初出走した2年後の1998年、ついにその時が訪れます。
初出場と同じ舞台である福岡競艇で開催された「全日本選手権競走」で、なんとSG戦初優出。
優勝決定戦では3号艇からのスタートで、さらにピット離れにしっぱいし5コースに。
しかし、第1ターンマークでは華麗なる捲り差しを決めて1番手となり、そのままSG初優勝を決めたのです。
問題があってもすぐに立ち治せる修正力は、さすがと言わざるをえません。
2007年までに4回のSG優勝
濱野谷選手は、2007年までにSG戦にて4回の優勝を果たしています。
順調に王者への道を歩み始めるかと思われましたが、なんとここでスランプに。
SG戦に出場自体はするものの、優勝には届かずなんと優勝決定戦で14連敗という悲しい結果。
ようやく2007年の「総理大臣杯」で、5年ぶりのSGレース優勝を決めボートレースファンからも大歓声が溢れていました。
2021年のオーシャンカップで14年4ヶ月ぶりのSG優勝
2007年に長いトンネルを抜け、一安心かと思われましたが試練はこれだけには留まりません。
なんとそれから14年4ヶ月もの間、SG戦に出場はするものの再度優勝が出来なくなってしまったのです。
この今までになく長いトンネルから抜けたのが、2021年7月25日の芦屋競艇で開催された「オーシャンカップ」。
2007年の平和島競艇のボートレースクラシック依頼、14年4ヶ月ぶりとなるSG5回目の優勝を果たします。
そして、この7月25日はなんとモンキーターンの主人公である波多野憲二の誕生日だったのです。
このような何かを引き乗せる能力が濱野谷選手の魅力に1つかもしれませんね。
濱野谷憲吾選手の年収や賞金について

SG常連ボートレーサーの1人、濱野谷憲吾選手の賞金や年収について気になる方も多いのではないでしょうか。
そこで過去5年の獲得賞金から平均年収を算出してみました。
| 年 | 賞金 | 順位 |
|---|---|---|
| 2021年 | 125,249,928円 | 6位 |
| 2020年 | 41,509,732円 | 78位 |
| 2019年 | 58,416,000円 | 28位 |
| 2018年 | 65,234,932円 | 16位 |
| 2017年 | 33,542,666円 | 88位 |
以上の獲得賞金額からここ5年間の平均年収は…
64,790,651円ということが分かりました!!
賞金ランキングを見ると、ここ最近の最高ランキングは6位。
間違いなく調子を上げているので、今後の活躍に期待がかかります。
生涯獲得賞金について詳しい情報は見つかりませんでしたが、恐らく24億円以上は稼いでいるのではないでしょうか。
ちなみに2022年10月時点の濱野谷憲吾選手の獲得金額は27,622,266円で賞金ランキングは120位。
これからも出走予定なので、今後の動向に注目しましょう。
濱野谷憲吾選手のプライベートについて

次は、濱野谷憲吾選手のプライベートを深堀り。
競艇場以外ではどのように過ごしているのか、徹底調査した結果をご紹介します。
濱野谷憲吾選手は結婚している?お嫁さんは?
濱野谷憲吾選手は、どうやら結婚されているようです。
お嫁さんに関しての情報はありませんが、おそらくボートレーサーではなく一般の方でしょう。
お子さんは娘さんと息子さんがいて、4人家族のようです。
忙しい合間をぬって、年に2回は家族旅行に行っているようなので、家族の仲は良好と言えますね。
奥さんやお子さんの存在が、トップボートレーサーとして活躍する源になっているのでしょう。
濱野谷憲吾選手は自宅でDJを行うこと
濱野谷選手は、自宅でDJを行うことで気分をリフレッシュしているそうです。
自宅にもDJ機材を設置しているということでしょう!
一見インドア派にも思えるような趣味ですが、濱野谷選手はかなりの多趣味。
ゴルフや海釣り、スキューバダイビングといったアウトドアな趣味も好きなようです。
こういった日々のリフレッシュがトップ選手になるための秘訣かもしれません。
濱野谷憲吾選手の愛車がすごい

濱野谷選手が、ボートレーサーを目指したきっかけでもある「良い車に乗ること」。
今現在の濱野谷選手の愛車は「ベントレーコンチネンタルGT」だそうです。
あのベントレーの時点で金額は大体想像がつきますが、なんと約2,500万円の高級車。
中学生時代からの夢を叶えて良い車に乗れているのは、努力の賜物と言えますね。
濱野谷憲吾選手のツイッターは?
調査したところ、濱野谷憲吾選手はTwitterを開設していません。
もし、今後開設されることがあれば情報を更新していきます。
濱野谷憲吾選手のインスタは?
Twitterと同様に、濱野谷憲吾選手はInstagramの開設もしていません。
こちらも情報が入り次第更新しますので、続報をお待ち下さい。
濱野谷憲吾選手のまとめ
今回は、トップボートレーサーの「濱野谷憲吾」選手について詳しくご紹介してきました。
いかがだったでしょうか。
まとめると以下の通り。
- 濱野谷憲吾選手はアニメ「モンキーターン」のモデル
- 濱野谷憲吾選手は「良い車に乗ること」を夢見てボートレーサーに
- 濱野谷憲吾選手には様々なニックネームがつけられるほどファンから愛されている
- 濱野谷憲吾選手の師匠は乙津康志選手
- 濱野谷憲吾選手はデビュー戦2レース目で初勝利
- 濱野谷憲吾選手はスランプに2回陥っている
- 濱野谷憲吾選手の直近5年間の平均収入は約64,790,651円
- 濱野谷憲吾選手は結婚されている
- 濱野谷憲吾選手はかなりの多趣味
- 濱野谷憲吾選手の愛車はベントレーコンチネンタルGT
- 濱野谷憲吾選手はインスタ・ツイッターを運営していない
濱野谷憲吾選手は、A1級で活躍中の現役ボートレーサー。
大人気アニメ「モンキーターン」のモデルになったボートレーサーでファンからの人気は計り知れません。
現在も第一線で活躍されていて、生涯獲得賞金は約24億円とランキング4・5位に位置しています。
しかし、未だに賞金王のタイトルは獲得したことがなく、本人もファンも待ち遠しい気持ちでいっぱいです。
いつか賞金王のタイトルを手にするその日まで、応援を続けていきたいと思います。
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