寺田千恵の夫はボートレーサー?若い頃や弟子などプライベートも徹底調査!

競艇はターン技術やモーター整備において、男子選手の方が女子選手よりも優れていると言われます。
そのため、男女混合のレースでは男子選手の勝率が圧倒的に高いです。
ただ、女子選手の中には男子レーサー顔負けの走りで活躍する選手もいます。
今回ご紹介する「寺田千恵選手」もその1人です。
50歳を過ぎても活躍するレジェンドボートレーサーの素顔は一体どうなっているのか。
師匠や弟子はもちろん、元夫や子供との関係などプライベートについてもご紹介するので、ぜひ最後までご覧ください。
早稲田大学を卒業後、新卒で某有名新聞社に入社。競艇を扱う部署に配属していました。その後、某有名競艇予想屋にスカウトされ、プロ競艇予想屋として活動。この時に競艇予想サイトの存在を知り「ボートレース・競艇予想ムサシ屋」として検証を始めることに。現在競艇歴30年を迎え、競艇に使った金額は3,000万円を超えました。皆様に安心して競艇を楽しんで頂けるよう日々尽力しています!
寺田千恵はどんなボートレーサー?
まずは、寺田千恵選手のプロフィールや経歴についてご紹介します。

| 名前 | 寺田千恵(てらだちえ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1969年4月11日 |
| 身長 | 156cm |
| 体重 | 45kg |
| 血液型 | O型 |
| 支部 | 岡山 |
| 出身地 | 福岡県 |
| 登録期 | 65期 |
| 級別 | A2級 |
寺田千恵選手は福岡県出身、岡山支部に所属するA2ボートレーサー。
プロデビューは1989年11月で、2024年現在30年以上のキャリアを持つベテラン女子選手です。
また、ただ歴が長いというわけではなく、2004年からは2026年前期まで降格することなくA1級で活躍している実力者。
その強さから競艇を題材とした漫画モンキーターンに登場する「櫛田千秋」のモデルになっています。
同期には、大賀広幸選手や柏野幸二選手など古豪が揃っており、切磋琢磨するには十分な世代です。
その中でも飛び抜けた実力を誇る寺田千恵選手ですが、どのようにしてボートレーサーになったのか。
寺田千恵選手のプロデビューまでの経緯を詳しくご紹介します。
ボートレーサーを目指したきっかけは母親

寺田千恵選手は幼少の頃に病気で父親を亡くしており、その後は母親と岡山県から福岡県に移り住んで学生時代を過ごします。
学生時代は「福岡県立若松高校」に通い、テニス部で汗を流していました。
ただ、テニスにしか興味がなかったわけではなく、近所に若松競艇があったことでボートレースを身近に感じていたそうです。
そんな寺田千恵選手がボートレーサーを目指すようになったのは、高校卒業を控えたときでした。
元ソフトボール選手であった母親から勧められ「それまで女手一つで育ててくれた母親に孝行がしたい」と思い、競艇選手になることを決めました。
目立った成績を残せず養成所を卒業

寺田千恵選手は、高校卒業と同時に養成所を受験して一発合格。
入所後にどのような活躍を見せたのかについては、詳細は確認できませんでした。
ただ、95期の修了記念競走には出場できていません。
養成所において、成績優秀者のみが出場できるレース。
優勝者には「養成所チャンプ」の称号が与えられる。
それを考えると、若い頃は目立った成績を残せなかったということがうかがえます。
寺田千恵の成績
「親孝行がしたい」という思いで競艇選手を目指した寺田千恵選手ですが、養成所時代は結果を残せなかったようです。
ただ、現在は競艇界で知らぬ人はいないほどのレジェンド選手。
これまでどのような成績を収めてきたのか、プロデビューから2024年1月までの成績をまとめました。
| グレード | SG | G1 | G2 | G3 | 一般 |
|---|---|---|---|---|---|
| 出走数 | 325 | 746 | 192 | 1704 | 3443 |
| 1着数 | 24 | 123 | 42 | 632 | 1144 |
| 勝率 | 6.17 | 6.29 | 6.80 | 7.34 | 7.11 |
| 3連対率 | 31.3% | 51.8% | 55.7% | 78.7% | 75.7% |
| 優出 | 1 | 17 | 4 | 97 | 189 |
| 優勝 | 0 | 2 | 3 | 28 | 39 |
引用元:艇国データバンク
全グレードで勝率6.00以上を叩き出しており、レジェンドの名に相応しい成績です。
SG常連の男子選手でも、勝率6.00を超える選手は非常に稀。
寺田千恵選手がどれほど高い実力を持っているのかがうかがえます。
ここからは、寺田千恵選手の成績を語る上で欠かせないレースについて見ていきましょう。
デビュー5走目で初勝利も初優勝に苦戦

先ほど少し触れましたが、寺田千恵選手のプロデビューは1989年11月の若松競艇。
1走目は結果を残せませんでしたが、その節の5走目にて初勝利を飾っています。
デビューしてから初勝利まで1年以上かかる選手もいるので、出だしとしては上々と言えるでしょう。
そのため、当時の競艇ファンは初優勝も近いと期待していました。
しかし、寺田千恵選手は、そこから思うような結果が出せずに伸び悩んでしまいます。
苦しい状況が続く中で待望の初優勝となったのは、デビューから5年後の1994年に宮島競艇で行われた女子戦でした。
この優勝により、女子選手の実力者として頭角を現します。
2001年SGグランドチャンピオンで女子選手初優出
寺田千恵選手が女子選手の実力者から競艇界を代表する実力者となったのが、2001年のSG「グランドチャンピオン」です。
唐津競艇で行われた本レースにおいて、寺田千恵選手は優勝戦までオール舟券絡みの大活躍。

引用元:艇国データバンク
地元勢の上瀧和則選手や、不死鳥と呼ばれた植木通彦選手など、当時の競艇界を牽引していた選手を押しのけ、1号艇と好枠出走で優勝戦に臨みます。
優勝戦では、大きく出遅れて結果を残せませんでしたが、競艇史上SGにおける女子選手の初優出を成し遂げました。
今田 武蔵
2008年に通算1000勝を達成

2001年のSG「グランドチャンピオン」における活躍で、競艇界を代表する選手として名を轟かせた寺田千恵選手。
その後も数多くのレースで結果を残し続け、2008年には通算1000勝を達成します。
これは、女子選手として歴代8人目となる快挙。
2024年1月現在、女子選手で1000勝を達成している選手は26名なので、寺田千恵選手の実力を裏付ける成績と言えるでしょう。
寺田千恵の獲得賞金や年収
女子ボートレーサーとして次々に偉業を成し遂げてきた寺田千恵選手なので、獲得賞金や年収も気になるところです。
そこで、過去5年間の賞金についてまとめました。
| 年 | 賞金額 |
|---|---|
| 2023 | 30,065,000円 |
| 2022 | 28,747,000円 |
| 2021 | 32,512,000円 |
| 2020 | 34,249,340円 |
| 2019 | 41,271,000円 |
A1ボートレーサーの平均年収と言われる3,000万円付近を、コンスタントに叩き出しています。
この振れ幅の小ささを見ると、安定して結果を残せるだけの実力があるということでしょう。
また、上記のデータを元に算出した平均年収は、33,368,868円。
賞金女王ランキングで、毎年上位にランクインしているだけの平均年収です。
今田 武蔵
寺田千恵の弟子や師匠について
競艇では、先輩レーサーが新人選手の指導にあたる師弟関係が築かれることがあります。
数々の偉業を成し遂げてきた寺田千恵選手ですが、師匠や弟子はいるのか調査したので、それぞれご紹介します。
弟子は美人レーサー「安井瑞紀」
寺田千恵選手の弟子は、岡山支部のB1ボートレーサー「安井瑞紀選手」。

師匠は弟子の選手生活に大きく影響するので、昔の寺田千恵選手は弟子をとるつもりはなかったそうです。
しかし、安井瑞紀選手が、粘り強く寺田千恵選手にアプローチしたことで師弟関係になりました。
そんな安井瑞紀選手の目標は「クイーンズクライマックスに師匠と出場して優勝する」こと。
毎年年末に行われる女子戦の最高峰のPG1競走。
本レースで優勝した選手が賞金女王となりやすいことから「賞金女王決定戦」とも呼ばれる。
師匠の寺田千恵選手もその目標に向けて弟子と並走しているようで、安井瑞紀選手はインタビューで以下のように語っています。
寺田さんは私のことを全部分かってくれていますね。私のレベルが高くないので、それに合わせて教えてくれる。そこまでしてもらっているので、余計に頑張ろうと思えます
技術面だけでなく、弟子のモチベーションも高められているので、良好な師弟関係が築けているようです。
師匠代わりの2人の元競艇選手
寺田千恵選手の師匠について調査したところ、明確な師匠はいないようでした。
ただ、師匠代わりとなった選手が以下の2名です。
- 河野武士さん
- 栗田浩明さん
両者ともに引退していますが、重賞レースでの活躍経験があった選手。
寺田千恵選手は、ペラグループが同じであった上記の2名にアドバイスを受けていたようです。
プロペラの調整方法や手入れなどを研究するための選手集団。
調整技術だけでなく、レースの戦術に関する情報交換も行われる。
どちらも現役生活が長かった選手なので、経験を吸収した結果、現在の寺田千恵選手があるのかもしれません。
寺田千恵の夫や子供との家族関係について
今やレジェンド級の人気と実力を誇る寺田千恵選手のプライベートも気になるところです。
そこで、寺田千恵選手の家族関係について徹底調査しました。
結果、寺田千恵選手は2002年2月に結婚し、同時に産休へと入っていたことが判明。
夫や子供について詳しくご紹介します。
夫はA1ボートレーサー「立間充宏」
寺田千恵選手の夫は、岡山支部のA1ボートレーサー「立間充宏」選手です。

SGやG1など重賞レースで優勝した経験はありませんが、その実力は本物。
2000年からA級で活躍しており、2024年1月現在までB級に降格したのはたったの1回です。
寺田千恵選手も調子の波が少ないですが、夫も盤石な選手ということでしょう。
2人は、福岡支部の藤丸光一選手を通して知り合ったようで、そこで意気投合し交際を経て2002年2月に結婚します。
立間充宏選手は当時27才で、寺田千恵選手は33才。
競艇選手同士の結婚は男性の方が年上のことが多いため、当時は話題になっていました。
ただ、選手としては同じ階級で、年齢差は関係なくリスペクトし合っており、寺田千恵選手は2021年の中国地区選手権で夫にアドバイスを受けたそうです。
私が一番避けていた調整だったのに、それをやったことが良かったみたい
また、立間充宏選手は以下の点で大変な愛妻家としても知られています。
- 寺田千恵選手と一緒に産休に入る
- 勝利者インタビューで「寺田千恵選手をよろしくお願いします!」とコメント
公私ともによきパートナーということでしょう。
今田 武蔵
子供は長女が1人

結婚と同時に産休に入った寺田千恵選手と立間充宏選手には、長女が1人います。
名前は「桐子(とうこ)」さんで、産休に入った時期から推測すると2024年1月現在は20代中盤。
寺田千恵選手は、産休を機に福岡支部から岡山支部に移籍していますが、これは夫婦揃って同じ支部の方が子育てに集中できるからだったようです。
子供ファーストな一面がうかがえます。
夫婦の趣味はゴルフ
お互いに最良のパートナーである寺田千恵選手と立間充宏選手。
多忙を極めるボートレーサー同士ですが、休日は2人揃ってゴルフに行くことが多いと以下の動画で語っていました。
特に印象的だったのは、夫婦の会話が9(ゴルフ):1(競艇)ということ。
いかにゴルフ好きかがうかがえます。
また、夫婦円満の秘訣については「あまり会わないこと」と述べていました。
2人曰く、離れているから会ったときに優しくできるということだそう。
一般的な感覚からすると会えないのは大変そうですが、2人が全国を飛び回る競艇選手だからこそ、うまくいっているのかも知れません。
寺田千恵選手のまとめ
今回は、寺田千恵選手についてご紹介してきました。
改めて内容をまとめると以下の通り。
- 寺田千恵選手は選手歴30年以上のレジェンドボートレーサー
- 「母親からの勧め」でボートレーサーを目指す
- 養成所時代は目立った成績を残していない
- 2001年のグランドチャンピオンで女子選手初のSG優出
- 2008年に通算1000勝を達成
- 直近5年間の平均収入は33,368,868円
- 弟子は安井瑞紀選手
- 師匠代わりとなったのは河野武士さんと栗田浩明さん
- 寺田千恵選手の直近5年間の平均収入は約35,142,148円
- 夫は立間充宏選手で子供は長女の桐子さん
- 夫婦の趣味はゴルフ
寺田千恵選手は、現在はA2級で活躍する現役のレジェンドボートレーサー。
直近も安定して上位の成績を収めており、その勢いはとどまることを知りません。
これからも女子選手を牽引していく存在なので、応援を続けましょう。
この記事も読まれています
公式LINEにて"いま最も稼げる予想"を無料配信中!!
IDで検索する方は「@489swpee」です。
※先頭のアットマークを忘れないでください



まだこのコラムに関する口コミはありません